シン・ゴジラ鑑賞を経てのおぼえがき

8月 8th, 2016 No Comments »

組織が組織であるために必要なこと。
組織の上に立つものの仕事は、それに決断を下すこと。
この映画は怪獣映画である前に…いや、怪獣という虚構をもって引き出される働く大人たちの物語。

序盤から中盤にかけて、想定の上を行き続ける事態に対して大河内総理へ様々な意見が提示される。それらは各々の組織による見解であり、真反対の意見も並ぶことになるが、重要なことは情報の共有だ。そのためにはまず前段階として根拠のある多角的な情報が揃っていなければならず、だから後から追加で言い出すと柳原国交相の言うように「なら早く言いなさい」ということにもなるし、明確な根拠もなく「生物という可能性」という個人見解を進言する矢口も、例えそれが正論であったとしても組織のルールに反することをしているから赤坂にたしなめられる。

同じようなことをしている人物に環境省で課長補佐をしている尾頭がいる。総理が「御用学者では話にならない」として、誰でもいいから話のわかる者として出て来たのが彼女であったが、当初彼女は個人として来ており、閣僚が大勢居る中でパソコンと格闘して情報収集しつつ「見解に対する見解」という個人プレイをしている。やはり手順を踏まない行為をしているがために、露骨に嫌な顔をする者がいた。

彼らの立ち位置は巨災対という組織が誕生することで変わり始める。
例え変わり者の集まりであっても、人事に影響しないから自由に発言出来るという特例的な方針であっても、これは官邸内に設置された歴とした組織だ。それを吸い上げて矢口プランとした時、きちんと総理は「組織から上がって来たひとつの可能性」として認識してくれている。今度はきちんとステップを踏んでいるのだ。そして人類が遭遇したことのない脅威に対し、個人の見解ではない形で立ち向かう。
カヨコ米国大統領特使の存在が目立つが、その裏でこの2人の立ち振る舞いが見逃せない。


組織には様々なレイヤーがあり、それぞれに決められた役目と仕事がある。例え事態がどのようにあってもそこは変わらないし、組織に限らず物事には前提があるのだというのを、前半でひたすら叩き込む。その叩き込みとゴジラ進撃という作中唯一の非現実がクロスしていく中盤までがかなり面白い。
個人的には登場人物のセリフの早口よりもカットのテンポの早さが印象に残った。事態が急を要するのだから早口はむしろ自然に感じるが、テンポの早さは明らかにわざとやっている。それほどまでして前提として叩き込みたく、必要であれば同じことも繰り返す。その丁寧さが異常過ぎてすごい。
叩き込むわかりやすい例には「総理、ご決断を」があるだろう。前提があるから結論が出せる。しかし決めることは容易ではない。そこに組織上の役目として間を繋ぐ赤坂と東内閣官房長官がいる。そうしてトップに立つ者は決断することが出来る。それを極めてわかりやすく見せているのがあのセリフだ。事ある毎に、本当に絶妙なタイミングで綺麗に繋いでくる。

組織のあり方とやりとりでここまで面白いと思ったのは初めてかも知れない。


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架空の物語を語る時、ありそうもないことを最初からベラベラと語られたら受け入れるのは厳しい。我々の理屈で動いていないものを短時間で理解は出来ないからだ。この映画はゴジラという神にも等しい存在にまつわる事象以外にあからさまな虚構はなく、ひとつの巨大な嘘をつくために他の全てが現実に則するような形となっている。フィクションとしては当たり前のことをしているに過ぎないが、その徹底ぶりが並大抵のものではない。だから、怖い。

緻密に描写された上で乗せられて来た恐怖に関して決定的なものは、夜の災害は1回だけだったということと放射能、このふたつだったと感じている。
夜はあらゆるものが怖い。怖いと思わないのは文明のおかげで光も手段もあるからだ。昼間だったら容易に逃げられるようなところも、夜は視界が悪く同じようには行かない。そこへゴジラがやって来て、築き上げた人間の営みを簡単に破壊していき次々停電、これでは進むべき道もわからない。携帯でやりとりするシーンも多々見受けられるが、電話が混み合っていたり基地局が死んでいたりして、連絡を取り合うことは容易でないだろう。
またゴジラが通り過ぎ、攻撃を放った地域は放射能汚染に見舞われる。放射能自体は初代ゴジラから切っても切り離せないが、被害状況がマップとしてスクリーンにも何度か表示されたり、ホットスポットがどうのこうのと言っていたりして具体的でかなり生々しい。SNSでは放射能汚染情報が拡散され、皆が好き勝手なことを言っている。

このどちらもが、とても見覚え・聞き覚えのあるものとなっている。人の制御を超えたところで起きる著しい災害として直近だけでも東北や熊本で大地震があり、東北では福島原発が事故を起こして、今も被災地域の完全復旧には遠い。東北で巨大地震が起きた日、自分は家に帰る手段を早々に失ったため、会社に残った。会社から頑張って帰ろうとした者はかなりの距離を夜中歩いたと聞く。その後の報道では来る日も来る日も福島原発の被害状況が伝えられた。
その時の怖さというのを、被災地でなくてもある程度の体験はしている。描写が緻密だったのは災害前だけでなく災害そのものもそうだった。だからスクリーンの向こうの人達がどこか大騒ぎしているだけの映像でなく、少なからず実体験としてスクリーンの向こうとこっちが繋がってしまっており、とてつもなく怖い。あの場所にいたら自分は死んでいただろう…そう想像せざるを得ないほどの説得力が、あの悪夢のような夜を迎える時点で完成されていた。

大きな嘘をつくためにひたすらこつこつと嘘でないことを積み重ねる。細かく積み上げられた前提から展開される次は必然性のあるものとなる。それの連続。一足飛びのやり方はなく、説得力のある話とは結局のところそうせざるを得ない。だからあの夜は怖かった。この夜があるからこそ15日後のヤシオリ作戦での爽快感が活きて来るし、ここまでをしっかりやったからこそ(現実にある物は使いながらも)若干作戦展開がハチャメチャであっても、納得しちゃうのである。
なんというかお手本のような作りだと思った。

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さてこの映画は総監督が庵野氏だ。
庵野氏が「トップをねらえ!」で初めて監督をしてから28年になる。その28年分の集大成がここにはあった。状況に変化があって指揮系統が動いてどうこうする展開そのものは割と今まで通りで特に大きな変化はない。エヴァっぽいと言う人もいるが、エヴァだけでやっていたわけでもなくこういう作風なのだから、そこ”だけ”を取り上げるのは何かが違う。
ただし密度が今回は尋常ではなかったのと、同じようなことをやりつつ質を恐ろしく上げたその先が日本特撮の王者たるゴジラシリーズの最新作であったところが一大事であった。庵野氏本人は昔「思いつくことに大体元ネタがあって、時に嫌になる」とコメントしていたのにオリジナルに辿り着いてしまって、しかも出来た結果が快作と呼ばれるような出来栄え。300人を超える俳優陣が見せる気迫の演技も相まって完全に「レベルを上げて物理で殴る」そのものである。それも28年分。初見時は、ヤシオリ作戦参加者を前に矢口が訓示を述べるくだりで既に涙を流していた始末。
本当になんてことをしてくれたのだと思う。シャレにならんものを観た。

1人では情報を網羅し切れないし、たびたび劇場に足を運んでもまだ足りないと思う。なのでこれも今時点で思いつけることを書き記すのみで全然全体を捉え切れたものでもない。でも書いておかないと心は移ろうものであるから書かなければいけないと思い「おぼえがき」とした。BDが発売された時には友人らで鑑賞会をしつつ、改めて密度の高い情報交換・共有を出来たらと思う。やはり情報は共有してなんぼなのだ。この映画はそう教えてくれた。
この映画から教わることは子供よりは大人に刺さると思う。社会で組織の歯車として生きることは悪いことではない。そこにもうちょっと誇りを持って取り組んだらと、そう言われているような気がしてならなかった。

2016年夏コミ 寄稿のお知らせ

8月 1st, 2016 No Comments »

コミケの時期がやって参りました。
今夏の寄稿は2サークル様計3本となりましたので、その報告と紹介です。
どちらもテキスト主体の本となっています。

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■魔界戦線『ビューティフルワールド』
→広がる新しいステージへ ~『プリパラ』二〇一五年シリーズの軌跡
http://ilya0320.blog14.fc2.com/blog-entry-2268.html
(委託:8/13東ツ-32a、8/14東W-03a)

アニメ・ゲーム・映画・その他関連動向までを網羅するプリパラ総括本、昨年の『パーフェクトスマイル』に続き寄稿させていただきました。今年はアーケードゲーム1年分のまとめ担当です。

プリリズからの筐体一新でロケットスタートを切ったプリパラも、1年目は実装量や各種商品展開要素の都合から、盛り上げようとするとある程度スコアを念頭に置かざるを得なかった事情がありました。そのため去年はスコアシステムの相関関係に着目して述べていたわけですが、2年目ともなると要素の充実に伴い盛り上げる傾向や幅は次第に変わり始めます。具体的には2年目の夏にはもう兆候が見えていましたね。
何年も使われ続けることから、見た目からの新鮮味は失われる宿命にある大型筐体。そこに対しプリパラはどのような回答を見せ、どこを目指しているのか。2年目の傾向からこれからについても迫ります。


■鎧屋『旅立ちの日を見送ったあとで ~ありがとうラブライブ!~』
→覚悟と勇気が導く未来への跳躍 – μ’s 3rd Anniversary LoveLive!
→振付の変化に見るμ’sの挑戦と変遷の軌跡
http://loveliveafter.tumblr.com
(直参:8/13東パ-34b/委託:8/12東エ-45b、8/14東ク-17b)

東京ドームライブを遂に実現させ、活動に一区切りをつけたμ’s。
6年間の歩みを振り返る、全ワンマンライブ感想やプロジェクト全体を跨ぐ様々な視点からの考察など、多面的に構成されたファンブックとなっています。特設サイトがありますので、詳しい案内はそちらを参照下さい。
こちらでは2本の寄稿に加え、その後の工程も幾らかお手伝いさせて頂きました。

昔を知る人はこんなことがあったと懐かしみ、知らなくても当時はこんな空気だったんだと知り、手に取る全ての方の心に今一度μ’sが刻み込まれるかたちになれば幸いです。

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指名での依頼というのは大変ありがたい話ですね。また今回は寄稿しただけでなくその先も少しは携われたので、とても良い経験となりました。
ぜひ、どちらともよろしくお願いします。

映像を超えた煌めきの世界へ ~KING OF PRISM by PrettyRhythm鑑賞を終えて

1月 9th, 2016 No Comments »

■劇場版『KING OF PRISM』公式
http://kinpri.com/
■プリティーリズム CD・DVD公式WEB
http://avex.jp/prettyrhythm/


プリパラへのバトンタッチを終え、一区切りついた筈のプリティーリズム。しかし諦めない大人たちの熱意が、物語の歯車を再び回し始めます。

『KING OF PRISM』は時系列的に『プリティーリズム・レインボーライブ』を継ぐスピンオフ作品。3年続いたシリーズと異なり、今回は男の子キャラがメインです。しかしもとよりプリリズとは男の子キャラもストーリーに絡みショーをするシリーズであったため、主役を張るキャラが女の子でなくなってもそれはフォーカスの問題でしかありません。故にそこにあったのは紛れもなく、眩いばかりのプリズムの煌めきでありました。本質的には全く変わらないそのままで。

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鑑賞してまず目につくのは映像としてのクオリティでしょう。通常の作画もさることながら、特にプリティーシリーズを語る上で欠かせないCGで展開されるプリズムショーは放送終了後1年半分の技術進化がきっちりとフィードバックされており、TVシリーズとしては十分にクオリティの高かった当時から数段上を行くグレードを実現。表情もより豊かになりました。プリリズなくしてプリパラはなかったけれど、プリパラなくしてこの “今” もなかったのだなと感じさせてくれます。

菱田監督と共にプリズムショーを語る上で欠かせない人物・京極さんも、ラブライブ!などの大きな実績を経て再びショー演出として参加、加えて今回男子に的を絞ったことでプリズムショーはよりダイナミックでスクリーン映えするものに。これについて特にわかりやすいのがアレク対カヅキのダンスバトルで、舞台はかつてヒロとカヅキがバトルしたのと同じ場所。2人のうちカヅキが右側に立っているのも同じ。あえて同じだからこそ「凄くなった」感が実感しやすいのは、意図した構成でありましょう。他にもどこかで見た構図がいくつかは散見されますね。


男の子の踊るサマが凄いのはわかった。ではレインボーライブのヒロインたちは?
一応、”女児向けとしての” プリティーリズムは綺麗に完結していることもあり劇場公開までその扱いを秘匿され続けたものの、直前ニコ生で監督が「私が今までキャラを使い捨てて来たことがありましたか?」と問うた通り、概ねTVシリーズの延長線上で順当にやっていることが劇中で判明したのはご覧の通りですね。ジュネに至っては、後編予告ではストーリーのキーになろうとさえしています。声こそ入っていませんが、声を入れない範囲での出し方として見れば十分過ぎるほど。これ以上やろうとすると声を入れなきゃきつい。

これは再登場を望む只のファンサービスでしょうか。いいえ、きっとそれだけではないでしょう。エーデルローズから女子部が切り離された以外さほど状況の変わっていないように見える女子プリズム界、一方で混迷を深める男子プリズム界という対比は「これは男の戦いである」本作の特徴をより浮き彫りにさせる効果をもたらしています。だから敢えて女子の方の状況は大きくいじっていない。この辺りの見せ方は効率的で非常に上手いですね。
この効率的というのは全編を通し感じることの出来る特徴でもあります。時系列的に連なるレインボーライブも無駄な回などまるでない出来でしたが、構成の洗練され具合は映像クオリティ同様、当時を上回ってさえいるかも知れません。この中に笑いも泣きも感動もギュッとつめ込まれ、お世辞抜きに総尺59分とはとても思いがたい密度とテンポ。もしかしたら初見では放出される情報と感情の整理が追いつかないかも。

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over the rainbowの活動休止、コウジの渡米、カヅキのエーデルローズ退学申し出、いよいよ迫り来る法月仁の魔の手。数々の波乱と交錯する人の想いを抱えたまま、しかし物語は終わらないままフィナーレに。いくら効率の良い構成とは言え登場人物数と尺を考えればそりゃそうかなと納得も行くところではあるし、最後でいかにも続きが順調に制作中のような予告が挿入もされているんですが、ここで大変な大問題 『前後編なのに後編の制作が決定していない』 が立ちはだかります。
これについては直前ニコ生にて監督より告知済で、後編が作られるかどうかは興行次第だと言うのです。この「続きの制作未確定」を知っているかどうかで、この映画の印象は大きく変わります。アニメの中で「続きやるかわかんないです」なんて言っていないわけですから。

しかし直接的でこそないものの、実はストーリー展開の一部には本作の置かれている立場は幾らかメタ的に作品内へと滲み出ているようにも見受けられます。これでやっていけるわけないだろうというエーデルローズ運営費用の赤字は本作自体も同様らしく、あの赤字額は桁はともかくとして程度は示しているのかも知れません。また全くのニューフェイス・一条シンの繰り広げるプリズムショーが、その圧倒的なパフォーマンスで会場を不安から一転して魅了するもそれだけで万事解決とはならず前途多難である様子も、どこか映画を観る自分たちの心境とも重なる部分があります。そう言えば本作は男の子の裸が日常およびプリズムショーで度々見受けられますが、ゲーム連動もタイアップ企画もなく映画一本のみで勝負に出るその姿も、ある意味では丸裸の勝負でありましょう。


本来作品というのは作品として語られたもので評価するものであり、そのような外的要素を含めるべきではないかも知れません。そういうのを監督自ら、しかも公開より先にカミングアウトするのも、やり方として正しいとは言い切れません。とは言え作品でメタ要素がストーリーの邪魔をしないよう配慮はきっちりされており、きちんとエンターテインメント作品として成立するようには作られています。
そうとはわかっていても、不死鳥のように復活しながらも不死身でないどころか崖っぷちの状況を、いくらか作品に重ねずにはいられないのです。なにしろ作品に対する熱量と愛情が異常であることが、映像から十分すぎるほどに伝わってくる。全体のうち9割が新作カットという過去のプリティーシリーズ劇場版でもやってないような膨大な作業量と密度の放出に「何でこんな強烈なものが出て来るようなことになったのか」と考える始めると、やはり作品外まで及ばせないと到底納得も説明もつかないと感じたのです。

何より監督以下スタッフ陣が、プリリズとその煌めきのことが大好きだった。
もちろん好きでい続けてくれるファンがいるからこそ作品は成り立ち、そんな好きな人たちのためにスタッフ陣は限界まで熱意を注いだ。でもね、ファンなんてのは往々にして浮気者で裏切り者で薄情なんですよ。すぐどこかに行きかねないほど不確かなもの。それでも、暗がりの中に見える細いながらも強い光をまっすぐ見つめ、彼らになら確実に届くであろうものを届けようとした。もうね、これ自体がプリズムの煌めきなんですよ。
そうして出来た作品が凄い熱量なのはある意味で「なるべくしてなった結果」で、面白くないわけがないのです。

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プリズムジャンプは心の飛躍、プリズムショーは心の煌めき。
オーロラドリーム・ディアマイフューチャー・レインボーライブのどこかで煌めきに触れたなら、本作の輝きもきっと理解出来るものでありましょう。それだけのものが詰まっています。プリリズ未視聴者にはついていけないか? そんなことも全くありません。初見では多少訳がわからないことこそ否定はしませんが、主人公たる一条シンだってプリズムショーを今まで知らなかったし視点は同じ。全体的に「何か凄いことをやっている」のは伝わるでしょう。
思い起こせば、菱田監督が去年手掛けた映画「み〜んなあつまれ!プリズムツアーズ」でも、プリパラしか知らなかったところへ訳も分からぬままプリリズに触れ、そこから過去作を追いかけ始めた人を幾人も見ました。本作も導入としては多少似た構成を採っており、ここから始まるプリズムワールドも決してイレギュラーな入口というわけではありません。


かつてレインボーライブ50話で、彩瀬なるは奇跡を起こしました。
世界からプリズムの煌めきが失われ、プリズムショーシステムが停止し演技がまともに出来る状況でなくなっても、煌めきはすぐそばにあると信じて諦めず演技を続けた。結果プリズムライブは再発動し、世界はプリズムの煌めきを取り戻します。今度は自分たちがそれをする番なのかも知れませんね。
ただし言うほど簡単でもなく、未来の行く末はプリズムショーシステム停止の頃より更に困難なことでしょう。それでも信じたい未来があります。

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ここにあるは、映像を超えた煌めきの世界。
今なお色褪せぬ、凄いシリーズをかつて作り上げた人たちがいる。
そして役割を終えても未だ諦めず、熱意を持ち続ける人たちがいる。
そんな作品が2016年の今にあることを、少しでも多くの人に知ってもらえたなら。

プリズムショーの世界へようこそ。
門戸はいつだって、開かれているのです。

秋葉原に船で出て来てみた

9月 22nd, 2015 No Comments »

■羽田~秋葉原間の舟運の実現を目指した社会実験を実施します(国土交通省報道発表資料)
http://www.mlit.go.jp/report/press/sogo03_hh_000091.html

社会実験に参加して来ました。
各メディアで取り上げられ知ってる方も多いと思われるこの実験。報道資料にある通り、これは観光としての新しい可能性を探るもの。羽田から秋葉原なんて電車でも40分あれば着いてしまいます。それを2時間半かけてゆっくり水上からどうですかというこのシルバーウィーク限定の試みは、休日分の申込が早々に閉じてしまうほどの人気ぶり。急遽増便が決定したほどでありました。
以下、写真かなり多めでお送りします。

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羽田空港国際線ターミナル。この写真は3階。集合場所は2階のバス乗り場前ロビーです。
まずは空港から多摩川河川敷へ。




こんなところに船着場あったんですねえ…。初めて見たよ。位置的には、天空橋駅で一旦地下にくぐる東京モノレールが地上にもう一度顔を出すところです。そのタイミングで空港向かって右側を見ていれば、多分見えると思います。
乗船した便は船長さんが女性でした。パンツルックで格好良かったなー。


ちょっと風景が寂しい。国交省主導ということもあって、運航会社さんは自前で羽田近くに持っている船着場を今回は使っていません。実際に民間が定期便を通すようになったらここではなくなる可能性はありますが、実験である内はまたここを使う可能性は高そう。
もし次回実験があったとして参加するつもりの方は、羽田発を選んだ方が楽しいかと思います。ここに着いても一般の人ほとんど見届けたりしてないし。


天空橋。移設しようとすると祟りが起きると曰くつきの赤鳥居。15年くらい前にようやく今の位置になったんでしたっけね。この辺り、すぐ近くが民家ということもあってマイクでのガイドを一時的にやめ肉声でのガイドになっています。そういう箇所が何箇所か有り。
釣りしてる人がいっぱいいる場所だけれど、魚逃げないのかなあ…。


ズンズンと橋の下をくぐっていきます。ちなみに秋葉原到着までにくぐった橋・道路・水門はおよそ40ほど。


整備場駅。普段こんなところで降りません。新型モノレールがちょうど入って来たところ。


整備場駅過ぎてすぐのところにある羽田可動橋。これはその羽田側で左にもうひとつあります。その2つが橋そのものが旋回することで道路が繋がる日本ではかなり珍しい構造…なのだけど、90年の開通後8年ほどで使用停止。ただ今後の羽田拡張に備えて撤去はしていないそう。再び陽の目を見る日は来るのだろうか。




昭和島の向かいにある東京消防庁第二方面訓練場と、そこから少し進んだところにある大田市場。大田市場の取扱いは青果物と水産物、それと花。ここから大田市場を挟んだ向こうが首都高湾岸線になります。


多摩川から天空橋に入って以降、神田川へ入るまではほぼ北上が続きます。ここは大井ふ頭中央海浜公園、みなさん連休にBBQ堪能しまくりですな。場所を問わず、船から手を振ると川岸や橋の上から手を振り返してくれる方は結構多かったんですが、一番リアクション良かったのはここでした。子供とか羨ましそうな顔してたし。わかる。わかるぞー。
あ、そうそう。今回の運航はベビーカー対応可能でした。座席にまで持って行けないけど、置いておける場所はあるようです。




品川区八潮団地。最寄り駅は大井競馬場前駅。東京ドーム8~9個分くらいの広さに住居棟が72棟ある、それなりに広域な一角です。


!? どうやら船上カフェらしい…。








京浜運河を北上し、天王洲アイル駅の手前で一旦左折。水門を抜けた先に船着場があって乗降する方がいらっしゃいます。多くは秋葉原まで行くんだけど、ちょっとそれは長いなーという向けですね。
今日、この品川の船着場には運行会社さん所有の別の船が停まっていて、船上結婚式の準備をしているところでした。ここからレインボーブリッジに出て2回くぐってお台場抜けてからの東京ゲートブリッジくぐって帰って来る2時間半コースらしい。色々なプランがあるんですな。
ちなみに水門に書かれているのは「しながわ」。水門の向こうに見える円柱ビルは汐留の電通ビルですね。






天王洲アイル。ここの一部も昔の「台場」。優雅な午後を満喫されてる方多数。


レインボーブリッジ。空に橋の白が映えますね。天気が良くて本当に良かったです。


隅田川側から見る築地市場。この辺りになると遊覧船が増えて来ます。隅田川の遊覧はいくらでもあるし、特段珍しい光景でも体験でもないので、この辺は飛ばし気味で。


月島。年に6~7回くらいはもんじゃ食いに行くのがもう何年続いてるだろう。もんじゃいいよねもんじゃ。


そのすぐお隣佃島の、この写真は佃公園のところ。


清澄橋とその向こうに建つ東京スカイツリー。


江東区の芭蕉記念館と史跡展望庭園。ここに行くなら最寄は半蔵門線の清澄白河駅ですが、こっちからってこういう景色なのね。


松本零士デザインの遊覧船ヒミコの後継、ホタルナと船上でスレ違い来たー!




北上して来た隅田川から左折して神田川へと入ります。神田川のクルーズ自体は元々あります。もちろん万世橋を船着場としては使っていませんが…。いっぺんでいいから花見の季節で神田川クルーズしたい。で、毎年大体忘れる。
写真は浅草橋の隣の橋、柳橋にある小松屋さん。佃煮で有名ですね。


小松屋の旦那が乗ってきて10分ほど歴史をお話してくれたり、歌を披露してくれたり、佃煮船上販売してくれたり。船上販売なんかやられたら勢いで行ってしまうのか、買われた方は結構多かったように感じました。これが商売ってやつだ。


秋葉原までもうすぐ。この辺、すごくダメだと思うのだけど、建物がみんな川に背を向けてるんですよね…。昼ということもあって屋形船はまだ出て行ってません。


秋葉原が見えてきたー。書泉だー! いつもそこのみずほのATMで金下ろしてますお世話になってます。


万世橋が見えて来た。とても見慣れた光景。
万世橋を発着する船の珍しさに、場所も相まって橋の上から見届ける方が大勢。






万世橋発着場。
ここがこのような構造になっているのは、かつて地下鉄を建設する際に資材を神田川を通じて運んでいたのでその名残。ここには国鉄万世橋駅だけでなく、地下鉄万世橋駅もかなーり僅かな期間ながら存在していたということなんですね。なんと85年も前のお話です。
今回はクルーズ利用客に対してのみ、橋の下も扉を開けて公開されていました。普段はこうやって中に入ることも出来ません。


万世橋の脇に臨時乗船場としてこんな感じにテントが。「社会実験」と思いっきり書かれているので、通りがかった人はそりゃあ気になりますよね。羽田にはこんな書かれ方されてませんでしたけど。




船着場の構造上、横付け出来ないのでこのような形で停めることに。乗降の安定性は特に問題ありませんでした。ただ、こうやって停めてる時に他のクルーズ来たらどうするんだろうというのはあって、そこは運航会社間の調整になるのかな。

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こうして休憩込みで2時間半のクルーズは終わったのでした。あっという間でした。見慣れてる隅田川はともかく、京浜運河と万世橋付近の景色は期待通りに楽しめたと感じています。
こういう古い古い遺構の再活用は非常に良いこと。万世橋マーチエキュートもそうですが、丁寧に使っていけば使わないまま放ったらかしにしているよりよっぽどマシでしょう。定期運行実現まで漕ぎ着けてくれたらと思っています。

大雑把な解説だけどこんな感じで。googleマップで経路を確認しながら写真で雰囲気だけでも伝われば幸いです。
もし定期便実現前に実験がまたあったのなら、ぜひ応募してみて下さい。

呉・江田島探訪記[後編]

9月 22nd, 2015 No Comments »

探訪記も今回で最終回、江田島編です。
呉から江田島へはフェリーで20分、高速船で10分。合計で1日26便。この日は呉から朝7時半ちょい前で出発しました。

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■旧潜水学校


現海上保安大学。写真右には現存するレンガ倉庫が。大学へはオープンスクールなどでない限り入れませんが、海上保安資料館ならば土日祝以外であれば無料で入ることが可能です。今回は思いっきり土日祝に当てて行ってしまったので残念。


■大麗女島旧地下特潜工場


海上保安大学から300mほど沖にあるこの島では、元々燃料の備蓄なんかをしていたところ戦争末期になり甲標的丁型・蛟龍を製造する工場が出来たとのこと。戦中のトンネルの跡なんかも船と島の角度次第ではある程度確認が可能です。
実際には、この島で製造された蛟龍はそんな多くなかったみたいですけどね…。現在は海上自衛隊が弾薬庫として使用。海上保安大学の学生も遠泳でこの島の辺り泳ぐとか何とか聞きました。


■軍艦榛名・出雲戦歿者留魂碑


ここからが江田島到着後。
海自最大の艦艇、いずも型護衛艦1番艦・いずもの先代が出雲型装甲巡洋艦・出雲でした。日露戦争にも参加している古い艦で、太平洋戦争終戦当時は練習艦。それと戦艦榛名の2隻は江田島のフェリー発着所から近いところで着底したため、こうして合同碑が建てられています。
いざ行ってみるとわかりやすそうでわかりづらい場所にあり、江田島中学校と江田島公園の西側を通る坂になっている道路を登っていくと、突然左手側に出現。「江田島公園裏手」という言葉を信じて江田島公園に入ってから向かおうとすると結構大変な目にあうので要注意。


■旧海軍兵学校






古鷹山の麓にある、現海上自衛隊第一術科学校。この建物は学校庁舎で旧生徒館。
海軍兵学校は明治21年までは東京・築地にあったので、築地の国立がん研究センターに行くと移転前の碑があったりします。術科ってのは、要は各種スキルのことですね。
呉基地や総監部と違い、ここは現在も予約なしで見学が出来るようです。平日・土日ともに可。レンガは昔のままではないけど、かと言ってレンガ風タイルでもなく、ちゃんと焼いたものを使用しているとのこと。


正門近くには護衛艦「ひえい」の錨。






大講堂の表と屋内。今も昔も入校式や卒業式として使われている、伝統の生きる場所。この屋内が実に見事で、入った時見学者の皆さん声を上げてましたね。外観の通り、天井が高いです。


かつて戦艦陸奥の4番主砲として使用されていた本物。沈んだものを引き揚げたんじゃなくて、昭和9~11年の大改装時に外されたものが海軍兵学校生徒の教材として移設されたもの。こんなのが艦の上に乗っていて、動かしていたわけですね…。なんと現在に至るまで現役です。塗装はちょいちょいやり直してるっぽい。
隣に見えるのは駆逐艦梨に搭載されていた12.7cm単装高角砲。梨は戦後10年くらい海中に放置されていたものがスクラップ予定として引き揚げられたのが、そこそこ状態が良かったので海上自衛隊の護衛艦わかばとして再就役した、変わった艦歴を持った艦であります。この高角砲は引き揚げ時に外されたもの。
このほか術科学校には数々の展示物がありますが、海沿いなんかは通常の見学ツアールートには含まれていないため、それらを近くで見たければ要相談なのかも。




教育参考館と、その近くにある駆逐艦雪風の錨。
幸運艦として太平洋戦争を生き延びた雪風はその後中華民国に引き渡され、こうして今は錨が返還されここに置かれています。呉行って江田島行ったら必ず見ておくべきもの。
教育参考館は、館内一切の撮影禁止。撮影禁止であることが頷けるほど重要な物が多数展示。見学ツアーも教育参考館見学用に結構な時間を割いています。


学校から本当にすぐそこにある古鷹山の登山入口。ちょうど江田島行く前日に艦これで古鷹改二の実装が予告され「これは登山するしか?」と思ったものの、登山しやすい格好ではなかったし急に割ける時間もなかったので断念。標高は400mくらいなんですけどね。
術科学校の近くには江田島旧海軍兵学校下士卒集会所も(今回は写真撮り忘れ)。通常は原則非公開ではあるものの、一般の人を募って月イチで掃除したりがあるそうなので、タイミング次第では敷地内を見ることは難しくないかも知れません。


■軍艦利根資料館






術科学校の対岸が重巡利根の着底した場所でした。特に目印は残されていないけど着底地点が見える場所に建てられており、さっき術科学校で見た陸奥の主砲は丁度この資料館の方向を向いてます。対岸から肉眼で見えるのよね、主砲。それだけ砲台がデカいってことです。
資料館では乗組員の遺品や艦に載せられていた備品などが展示されていて、利根に関するものはここに集めますといった感じで浴槽なんかも有り。建物の大きさの割にはかなりの数があります。
資料館の鍵は隣の能美海上ロッジの受付が管理してますので、まずは一声かけてから資料館に入るのが良いでしょう。バスの便がそんなには良くないので、江田島内の移動はタクシー直接捕まえた方が時間のロスはなくなるかな。


資料館裏手にある利根の慰霊碑。


■軍艦大淀戦没者霊碑


帝国海軍最後の連合艦隊旗艦・軽巡大淀も江田島で着底。、術科学校から利根資料館へ向かうその途中にその碑はあります。道路脇にはこんな目印が。この先途中に牡蠣の加工場があるけど気にしないで通り抜ける。






雨風避けがなされているとは言え、屋外に軍艦の模型を置いている慰霊碑ってあんまり多くはないんじゃないでしょうか。手入れに関しても大淀に関してはかなり手が行き届いているように感じますね。碑の建立自体は50年近く前のはず。記念館も公園もなくちょっと寂しい感じはあるけれど、置かれている花も新しかったことから決して忘れられていないことがよくわかります。

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こうして、2泊3日の呉・江田島旅行は終わりました。3日間での歩行距離は30km。
印象深かったのは地元の人たちの意志でしょうか。建物にしても昔のまま使えるものは今も使うことは簡単ではなく、そこに意志があって初めて成り立つものであります。呉は米軍の敷地がそれほど多くを占めていないため、より多くのものが残せたというのもあるかも知れません。
またボランティアの観光ガイドさんをよく見かけるのもポイントです。流石に史跡全てを網羅してはいないけど、案内板はあってもガイドなんか居ないと思って行ったので驚きました。海軍墓地にも1人居たし。

そういった地元の歴史資産と共生する意志を肌で感じることが出来たのが何より嬉しく、楽しい旅行でした。初めて行ったにしては巡ったポイント数自体は多かったと思いますが、しかしそれでも時間の都合行けなかった箇所や行ったのに写真撮り損ねた箇所は多数あります。
機会を改めて、また行きます。今年は佐世保だけど一通り落ち着いたら、必ず。