それからのヴァナディール[Savior of Vana'diel編]

8月 22nd, 2016 No Comments »

■ファイナルファンタジーXI 公式
http://www.playonline.com/ff11/

前回の更新から丸1年経っての続きになりますが、FF11最終シナリオ『ヴァナ・ディールの星唄』、無事完遂しました。



最終章の実装自体は昨年の11月でした。が、当時は復帰者でもソロでクリア出来ますと簡単に言える難易度ではありませんで、先送りになっていたのです。その後最終章は道中の雑魚敵討伐に緩和修正が入り、更に『フェイスの絆キャンペーン』というフェイス強化期間を待っていたので今の時期となったのでありました。
(フェイスについては過去エントリ参照)



FF11最終決戦の地は遂にひんがしへ。ラスボスは暗闇の雲。
こいつをどうにかしないことには人に未来はありません。未来世界において冒険者は「世界が求めるゆえに戦士の枠を超え」神となるも暗闇の雲を振り払うことが出来ず、その神になった力で歴史を改変するべくイロハ(ともう1人)を現代に送り込み今一度決着を図ります。

ようやくその全貌を見たカットシーンは過去最高峰の出来。渾身のカット目白押しで、オフラインゲー顔負けの勢いでキャラやエフェクトがガンガンに動き炸裂。サービス開始当初よりカットシーンには力を入れていたFF11だけれども、PS2ベースでここまで出来るものなのかと驚嘆するばかり。
ちなみにこの星唄ミッション、PS2でしか提供されていなかった頃から遊んでいる人が最後までPS2で出来るよう、PS2サービスがクローズする前にきちんと提供されているのです。
それが開発の見せた誠意と意地。本当にとんでもないゲームだな。



今まで散々語られて来た女神アルタナ、遂に登場。FF11とは辺境を除けば常に女神アルタナを巡る物語でありながら、ずっとずっとその姿を現さないままでした。
あなたに会える日をどれだけ待ち望み、旅をして来たことか。11始めた当時20代半ばだったんだよ。今もう四十路前だよ。




そして迎えるエピローグ。
未来は改変され、滅亡する未来からやって来たイロハはその存在が遂に失われることになる、そんな最期に冒険者に残した言葉。こんなん泣くでしょ…。
イロハの献身的な姿勢と背負った使命と覚悟の重さもだけれど、14年というのはFF11βから最終章実装までの年数と同じなのです。イロハが(未来世界において)冒険者と14年の付き合いがあるという設定は偶然じゃなくてわざと同じに作られています。なので、このありがとうございましたは開発陣がプレイヤーに世界観を通して届ける感謝の言葉でもある。ゲームの内と外を両方抉るこの展開。

14年間、全てが楽しかったことばかりではありません。それでも結局戻って来るのは、ここが単なる遊びの場ではなく、もうひとつの生きる世界であったからのように思います。ここにあるけどここにない、ログインという扉を開いた先の異世界ともう1人の自分。
14年前に14年後MMOでありがとうを言われるためにやって来たわけでもありません。でも楽しかったことも叶わなかった様々なこともまるっとひっくるめたこの持って行き方に、全てが救われた気がしました。

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さて星唄ミッションは完遂しましたが、まだ拡張ディスク『アドゥリンの魔境』ミッションを終えていません。というわけで、4章終盤で止まっていたこちらも最後まで片付けて来ました。
星唄やる前だとソロは相当ジョブを選ぶと思うけど、星唄片付けた後なら敷居は大幅に下がります。ソロが強くないと言われる踊り子でも特に問題ありませんでした。アドゥリンミッションに関しては途中1箇所だけ2人で攻略した部分があったんですが、星唄攻略後の戦力であれば全編ソロでやれそう。星唄も現状ソロで全部出来ますから、『現在のFF11はソロで全てのミッションが攻略可能』と言って良いんじゃないですかね。

未だに「FF11はPTプレイが大変で」云々と過去の認識のまま語る人多いんですが、その認識は改めていただきたく。そうとわかれば再開する人はもっと増えそうな気がするのです。





色んな表情を見せてくれる『アドゥリンの魔境』ヒロインのアシェラ。アシェラは大人びて品があり、それでいて困難には自分から立ち向かう心を持った、素敵なヒロインでした(イロハもいい子だけど)。頭が良いんですよこの子は。それでも若さゆえ至らない部分もあるけれど、きっと彼女ならこれからのアドゥリンは大丈夫なことでしょう。

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こうして、FF11無印/ジラートの幻影/プロマシアの呪縛/アルタナの神兵/追加シナリオ三部作/バトルエリア拡張アビセア三部作/アドゥリンの魔境/ヴァナ・ディールの星唄、全てのメインとされるシナリオのエンディングを見ることが出来ました。自分の中では見届けることが期限を決めない義務のような感じでもあったので、これでようやく…といったところ。
ですがこれで終わりではありません。総数1000を超える膨大なクエストも見てない数の方が多いし、ソロで出来ることもまだまだ残っています。出来る範囲で揃えられる装備だって数多くある。
最近はゲーム以外にしなきゃいけないことも色々多いのでそんながっつりは出来ないんだけども、それでもヴァナ・ディールの世界が続く限り、月額支払は止めないつもりです。ここは自分の帰って来る場所だから。

大規模バージョンアップは昨年11月をもって終了していても、その後も追加は続いています。直近の話題としては、近くフェイスにArk Angelが追加されるとのこと。
この世界は、まだまだ続いていくのです。

今再び始まる、共に成長する物語──Walküre Attack!(2016/08/14)

8月 18th, 2016 No Comments »

■マクロスポータル
http://macross.jp/
■戦術音楽ユニット・ワルキューレ 1stLIVE in zepp「Walküre Attack!」
http://macross.jp/delta/walkure/event.html
▼『マクロスΔ(デルタ)』関西でワルキューレが大熱唱! 1stワクチンライブ&CD発売記念イベントより公式レポート到着
http://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1471239073

2016年8月14日。東京有明はコミックマーケット90の最終日。
そんな日に大阪へ遠征を決めることに悩みは殆どなかったと思う。マクロスの歌姫は作品と共に成長することを知っているからだ。

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遡ること8年前。
マクロスF放映中の2008年5月、歌シェリルことMay’nさんは浜松町文化放送サテライトプラスでミニライブを開催。元々歌手活動経験があり、その歌唱力で強烈な印象を振りまいていたことを受けて、このミニライブはサテライトプラスイベント史上最高の集客を記録した(当時)。そこそこ前の方で見れたけど大変な人出だったことをよく覚えているし、今でも浜松町に行くとあの時のことを思い出す。一方ランカ役として5000人のオーディションを勝ち抜いた中島さんはインストアイベントからスタートし、本当にミカン箱の上に立って歌っていた。
それから5ヶ月。TVシリーズ放映を経てギャラクシーツアーFINALが開催されるまでに、中島さんはかなりの努力をした。パシフィコ横浜でステージに立つ2人はそれぞれ違った魅力を持つ同格の存在として確立され、これが超時空シンデレラかと思わせるだけの物語をアニメ内外で体現し、体験させてくれたのである。

マクロスFはその後何度もライブを開催するほどの人気となる。しかし “共に” 成長するリアルタイムでライブ感のある体験としては、放映当時および放映直後だったギャラクシーツアーFINALまでになるだろう。それと同じことが8年ぶりに帰って来ている。今マクロスΔはTVシリーズ放映の真っ最中で、共に成長する体験は放映期間中である今しか出来得ない。
公演の中では自宅から最も遠かったが、遠いも近いも関係はなかった。

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さて、マクロスFがライブ前にイベントを行っていたように、マクロスΔも5月にイベントを行っている。それがラゾーナ川崎でのミニワクチンライブだ。上の写真がその時の開演直前の様子であるが、マクロス人気がFを受けて今の世代にも繋がったこともあり、この日は3000人位いるのではという凄まじい集客となった。そこに歌美雲・JUNNAちゃんとフレイア役の鈴木さん2人だけを立たせる、というのは素人目に見てもかなりキツい。2人とも商業デビューはマクロスΔが初めてだし、こんな大勢を前に頼るベテランがステージにいない。

そのような展開だったので、やはり最初は2人とも緊張してしまって思ったように声が出なかったようだ。だが持ち前の度胸で早々にJUNNAちゃんが立ち上がる。CD収録レベル以上を生で出せている15歳という衝撃は相当なものであった。どうか想像して欲しい。本当に目の前であのままなのだ。
つられるように鈴木さんも調子を取り戻していく。そしてこの美雲がフレイアを引っ張り上げる構図は、TVシリーズ序盤に近い構図でもあった。作品中では話が進むにつれ、引っ張りあげられるフレイアから美雲とのダブルセンターに立ち位置が変わっていく。8~9月に控えるライブツアーでも果たしてそのようになっているのか。個人的な注目はそこにあった。



ようやく本題に入る。2016年8月14日大阪公演。
圧巻であった。5人揃った初めてのステージはライブの完成度的にも観客の盛り上がり的にも大成功だったと言い切って良い。
2曲目で鈴木さんが登場して歌い出した時、これを待っていたんだ! これを見るために大阪まで来たんだ! と確信した。鈴木さんがかなり上達していたのである。元気と明るさはそのままに力強さと自信が備わって、美雲とのツートップが目の前で具現化されていた。川崎のような立ち上がりの弱さもない。ライブは序盤からしてフルスロットルで盛り上がって行く。

しかし何か様子がおかしい。全然休まない。
最初にキャラクタとしての自己紹介はあったものの、中の人としての紹介はおろか間にMCすら挟まない。歌い慣れ踊り慣れしているグループならともかく、(5人としては)初めてのライブなのに休みを挟もうとしないのはおかしい。
3曲目ですらMCが入らない時点で気がついた。歌をやめるとヴァール化が進行してしまう。だから歌い続けなければいけない。ヴァール化を鎮圧させるために地球にやって来たという、そのコンセプトに徹しようというのだ。
言うほど簡単な話ではない。振付も川崎時点では「それっぽい」感じでしかなかったのに対しワンマンライブでは東山さんを軸にきちんと仕上げて来ており、その上でコーラスワークを5人とも全く崩さない。このコーラスワーク、当初ライブ用に簡略化するつもりだったようだが、5人のたっての希望によりCD通りの再現としたそうだ。技術体力どちらを見ても厳しい中で力強さを失わず進行させていく様子に、確信は驚嘆へと変化していく。
ステージへの投影映像も作中のものを巧みに織り交ぜていく。特にAXIAではメッサーが死に至るその瞬間までを映像で流しながら手前でカナメ役の安野さんが歌い上げており、きっとあの瞬間は演者にも観客にもメッサーが見えていたことだろう。

そうして10曲ほど(!)一気に駆け抜けたところで、衣装チェンジのためか舞台から一旦下がる5人。するとそこへ間髪入れずにウィンダミアが強襲・宣戦布告し、4名登場するダンサーが怪しい動きと風貌でヴァール化の進行を演出する。ポイントはセリフで全然説明していないことだ。Δの歌と劇伴、そして踊りで演出していく様子はミュージカルっぽさがあり、このような合間の時間すらコンセプトに徹し全く無駄にしないのは恐れいった。早くワルキューレ戻って来てくれ、早くしないとヴァール化が一気に進行してしまう。
戻って来てからが凄かった。アンコール手前に並ぶ5曲、これらをまた一気に歌い上げる。勢いに乗った状態で受けるJUNNAちゃんの歌声はあまりにも凄まじく、zeppという箱では勿体ないような気さえするほど。しかしそれでも鈴木さんの追い上げ方が何より際立つ。一緒に立つ人がこの人だからという力が彼女たちを前へ上へと導き、途方もない可能性の扉を開いていく。
中の人としての自己紹介はアンコールでステージに戻って来てからとなる。実に2時間近くを経過しての自己紹介だった。



最後にスクリーンに表示された「鎮圧成功」の文字。
コンセプトに徹していたのは非常に気持ちが良かったし、観客もこのライブがヴァール化鎮圧を目的としていることをちゃんと理解していた。だから客層が往年のファンから若い女の子までかなり幅広くても、一致団結して大体同じ方向を向いて盛り上がれていたし、声の揃った爆発力の凄い歓声になっていたのだと思う。マキナ役の西田さんは音程こそ全く外さないながら緊張から序盤で声量に苦労しつつも、中盤前にはそれも払拭。5人が全員CD音源以上の実力をステージ上で発揮するに至っており、正直鎮圧どころかパワーが凄すぎて歌で死にかねないようなライブだった。
地球最初のワクチンライブと、この熱量を目にすることが出来て本当に幸せだった。


名古屋や東京、追加公演のチケットを取れている人らは期待して良いと言い切る。また今回、倍率の高さにチケットが取れていなくても今後5人で歌う機会があったらぜひ見て欲しい。そしてJUNNAちゃんの歌声の力強さに度肝を抜かれ、鈴木さんの伸び代に驚愕し、5人のチームワークとハーモニーを体験して欲しい。彼女らの歌声はCDなど音源化された際にある程度スポイルされてしまっている。本当の力強さは生でないとわからない…そういうものを秘めた5人だからだ。
あの力強さは印象が劇的に変わるだろう。

今まさに新世代のマクロスが、歌姫と共に成長している。その様子をまた見ることが出来て非常に嬉しい。2ndアルバムも発表され、2ndライブがあることに期待したい。
可能性の空は無限に広がっている。

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▼大阪公演セットリスト
01.恋! ハレイション THE WAR ~without Freyja~
02.不確定性☆COSMIC MOVEMENT
03.僕らの戦場
04.NEO STREAM
05.ジリティック♡BEGINNER
06.おにゃの子♡girl
07.Silent Hacker
08.God Bless You
09.AXIA〜ダイスキでダイキライ〜
10.GIRAFFE BLUES
11.いけないボーダーライン
12.Walkure Attack!
13.破滅の純情
14.絶対零度θノヴァティック
15.一度だけの恋なら
16.ルンがピカッと光ったら
En.恋! ハレイション THE WAR

シン・ゴジラ鑑賞を経てのおぼえがき

8月 8th, 2016 No Comments »

組織が組織であるために必要なこと。
組織の上に立つものの仕事は、それに決断を下すこと。
この映画は怪獣映画である前に…いや、怪獣という虚構をもって引き出される働く大人たちの物語。

序盤から中盤にかけて、想定の上を行き続ける事態に対して大河内総理へ様々な意見が提示される。それらは各々の組織による見解であり、真反対の意見も並ぶことになるが、重要なことは情報の共有だ。そのためにはまず前段階として根拠のある多角的な情報が揃っていなければならず、だから後から追加で言い出すと柳原国交相の言うように「なら早く言いなさい」ということにもなるし、明確な根拠もなく「生物という可能性」という個人見解を進言する矢口も、例えそれが正論であったとしても組織のルールに反することをしているから赤坂にたしなめられる。

同じようなことをしている人物に環境省で課長補佐をしている尾頭がいる。総理が「御用学者では話にならない」として、誰でもいいから話のわかる者として出て来たのが彼女であったが、当初彼女は個人として来ており、閣僚が大勢居る中でパソコンと格闘して情報収集しつつ「見解に対する見解」という個人プレイをしている。やはり手順を踏まない行為をしているがために、露骨に嫌な顔をする者がいた。

彼らの立ち位置は巨災対という組織が誕生することで変わり始める。
例え変わり者の集まりであっても、人事に影響しないから自由に発言出来るという特例的な方針であっても、これは官邸内に設置された歴とした組織だ。それを吸い上げて矢口プランとした時、きちんと総理は「組織から上がって来たひとつの可能性」として認識してくれている。今度はきちんとステップを踏んでいるのだ。そして人類が遭遇したことのない脅威に対し、個人の見解ではない形で立ち向かう。
カヨコ米国大統領特使の存在が目立つが、その裏でこの2人の立ち振る舞いが見逃せない。


組織には様々なレイヤーがあり、それぞれに決められた役目と仕事がある。例え事態がどのようにあってもそこは変わらないし、組織に限らず物事には前提があるのだというのを、前半でひたすら叩き込む。その叩き込みとゴジラ進撃という作中唯一の非現実がクロスしていく中盤までがかなり面白い。
個人的には登場人物のセリフの早口よりもカットのテンポの早さが印象に残った。事態が急を要するのだから早口はむしろ自然に感じるが、テンポの早さは明らかにわざとやっている。それほどまでして前提として叩き込みたく、必要であれば同じことも繰り返す。その丁寧さが異常過ぎてすごい。
叩き込むわかりやすい例には「総理、ご決断を」があるだろう。前提があるから結論が出せる。しかし決めることは容易ではない。そこに組織上の役目として間を繋ぐ赤坂と東内閣官房長官がいる。そうしてトップに立つ者は決断することが出来る。それを極めてわかりやすく見せているのがあのセリフだ。事ある毎に、本当に絶妙なタイミングで綺麗に繋いでくる。

組織のあり方とやりとりでここまで面白いと思ったのは初めてかも知れない。


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架空の物語を語る時、ありそうもないことを最初からベラベラと語られたら受け入れるのは厳しい。我々の理屈で動いていないものを短時間で理解は出来ないからだ。この映画はゴジラという神にも等しい存在にまつわる事象以外にあからさまな虚構はなく、ひとつの巨大な嘘をつくために他の全てが現実に則するような形となっている。フィクションとしては当たり前のことをしているに過ぎないが、その徹底ぶりが並大抵のものではない。だから、怖い。

緻密に描写された上で乗せられて来た恐怖に関して決定的なものは、夜の災害は1回だけだったということと放射能、このふたつだったと感じている。
夜はあらゆるものが怖い。怖いと思わないのは文明のおかげで光も手段もあるからだ。昼間だったら容易に逃げられるようなところも、夜は視界が悪く同じようには行かない。そこへゴジラがやって来て、築き上げた人間の営みを簡単に破壊していき次々停電、これでは進むべき道もわからない。携帯でやりとりするシーンも多々見受けられるが、電話が混み合っていたり基地局が死んでいたりして、連絡を取り合うことは容易でないだろう。
またゴジラが通り過ぎ、攻撃を放った地域は放射能汚染に見舞われる。放射能自体は初代ゴジラから切っても切り離せないが、被害状況がマップとしてスクリーンにも何度か表示されたり、ホットスポットがどうのこうのと言っていたりして具体的でかなり生々しい。SNSでは放射能汚染情報が拡散され、皆が好き勝手なことを言っている。

このどちらもが、とても見覚え・聞き覚えのあるものとなっている。人の制御を超えたところで起きる著しい災害として直近だけでも東北や熊本で大地震があり、東北では福島原発が事故を起こして、今も被災地域の完全復旧には遠い。東北で巨大地震が起きた日、自分は家に帰る手段を早々に失ったため、会社に残った。会社から頑張って帰ろうとした者はかなりの距離を夜中歩いたと聞く。その後の報道では来る日も来る日も福島原発の被害状況が伝えられた。
その時の怖さというのを、被災地でなくてもある程度の体験はしている。描写が緻密だったのは災害前だけでなく災害そのものもそうだった。だからスクリーンの向こうの人達がどこか大騒ぎしているだけの映像でなく、少なからず実体験としてスクリーンの向こうとこっちが繋がってしまっており、とてつもなく怖い。あの場所にいたら自分は死んでいただろう…そう想像せざるを得ないほどの説得力が、あの悪夢のような夜を迎える時点で完成されていた。

大きな嘘をつくためにひたすらこつこつと嘘でないことを積み重ねる。細かく積み上げられた前提から展開される次は必然性のあるものとなる。それの連続。一足飛びのやり方はなく、説得力のある話とは結局のところそうせざるを得ない。だからあの夜は怖かった。この夜があるからこそ15日後のヤシオリ作戦での爽快感が活きて来るし、ここまでをしっかりやったからこそ(現実にある物は使いながらも)若干作戦展開がハチャメチャであっても、納得しちゃうのである。
なんというかお手本のような作りだと思った。

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さてこの映画は総監督が庵野氏だ。
庵野氏が「トップをねらえ!」で初めて監督をしてから28年になる。その28年分の集大成がここにはあった。状況に変化があって指揮系統が動いてどうこうする展開そのものは割と今まで通りで特に大きな変化はない。エヴァっぽいと言う人もいるが、エヴァだけでやっていたわけでもなくこういう作風なのだから、そこ”だけ”を取り上げるのは何かが違う。
ただし密度が今回は尋常ではなかったのと、同じようなことをやりつつ質を恐ろしく上げたその先が日本特撮の王者たるゴジラシリーズの最新作であったところが一大事であった。庵野氏本人は昔「思いつくことに大体元ネタがあって、時に嫌になる」とコメントしていたのにオリジナルに辿り着いてしまって、しかも出来た結果が快作と呼ばれるような出来栄え。300人を超える俳優陣が見せる気迫の演技も相まって完全に「レベルを上げて物理で殴る」そのものである。それも28年分。初見時は、ヤシオリ作戦参加者を前に矢口が訓示を述べるくだりで既に涙を流していた始末。
本当になんてことをしてくれたのだと思う。シャレにならんものを観た。

1人では情報を網羅し切れないし、たびたび劇場に足を運んでもまだ足りないと思う。なのでこれも今時点で思いつけることを書き記すのみで全然全体を捉え切れたものでもない。でも書いておかないと心は移ろうものであるから書かなければいけないと思い「おぼえがき」とした。BDが発売された時には友人らで鑑賞会をしつつ、改めて密度の高い情報交換・共有を出来たらと思う。やはり情報は共有してなんぼなのだ。この映画はそう教えてくれた。
この映画から教わることは子供よりは大人に刺さると思う。社会で組織の歯車として生きることは悪いことではない。そこにもうちょっと誇りを持って取り組んだらと、そう言われているような気がしてならなかった。

2016年夏コミ 寄稿のお知らせ

8月 1st, 2016 No Comments »

コミケの時期がやって参りました。
今夏の寄稿は2サークル様計3本となりましたので、その報告と紹介です。
どちらもテキスト主体の本となっています。

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■魔界戦線『ビューティフルワールド』
→広がる新しいステージへ ~『プリパラ』二〇一五年シリーズの軌跡
http://ilya0320.blog14.fc2.com/blog-entry-2268.html
(委託:8/13東ツ-32a、8/14東W-03a)

アニメ・ゲーム・映画・その他関連動向までを網羅するプリパラ総括本、昨年の『パーフェクトスマイル』に続き寄稿させていただきました。今年はアーケードゲーム1年分のまとめ担当です。

プリリズからの筐体一新でロケットスタートを切ったプリパラも、1年目は実装量や各種商品展開要素の都合から、盛り上げようとするとある程度スコアを念頭に置かざるを得なかった事情がありました。そのため去年はスコアシステムの相関関係に着目して述べていたわけですが、2年目ともなると要素の充実に伴い盛り上げる傾向や幅は次第に変わり始めます。具体的には2年目の夏にはもう兆候が見えていましたね。
何年も使われ続けることから、見た目からの新鮮味は失われる宿命にある大型筐体。そこに対しプリパラはどのような回答を見せ、どこを目指しているのか。2年目の傾向からこれからについても迫ります。


■鎧屋『旅立ちの日を見送ったあとで ~ありがとうラブライブ!~』
→覚悟と勇気が導く未来への跳躍 – μ’s 3rd Anniversary LoveLive!
→振付の変化に見るμ’sの挑戦と変遷の軌跡
http://loveliveafter.tumblr.com
(直参:8/13東パ-34b/委託:8/12東エ-45b、8/14東ク-17b)

東京ドームライブを遂に実現させ、活動に一区切りをつけたμ’s。
6年間の歩みを振り返る、全ワンマンライブ感想やプロジェクト全体を跨ぐ様々な視点からの考察など、多面的に構成されたファンブックとなっています。特設サイトがありますので、詳しい案内はそちらを参照下さい。
こちらでは2本の寄稿に加え、その後の工程も幾らかお手伝いさせて頂きました。

昔を知る人はこんなことがあったと懐かしみ、知らなくても当時はこんな空気だったんだと知り、手に取る全ての方の心に今一度μ’sが刻み込まれるかたちになれば幸いです。

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指名での依頼というのは大変ありがたい話ですね。また今回は寄稿しただけでなくその先も少しは携われたので、とても良い経験となりました。
ぜひ、どちらともよろしくお願いします。