映像を超えた煌めきの世界へ ~KING OF PRISM by PrettyRhythm鑑賞を終えて

1月 9th, 2016 No Comments »

■劇場版『KING OF PRISM』公式
http://kinpri.com/
■プリティーリズム CD・DVD公式WEB
http://avex.jp/prettyrhythm/


プリパラへのバトンタッチを終え、一区切りついた筈のプリティーリズム。しかし諦めない大人たちの熱意が、物語の歯車を再び回し始めます。

『KING OF PRISM』は時系列的に『プリティーリズム・レインボーライブ』を継ぐスピンオフ作品。3年続いたシリーズと異なり、今回は男の子キャラがメインです。しかしもとよりプリリズとは男の子キャラもストーリーに絡みショーをするシリーズであったため、主役を張るキャラが女の子でなくなってもそれはフォーカスの問題でしかありません。故にそこにあったのは紛れもなく、眩いばかりのプリズムの煌めきでありました。本質的には全く変わらないそのままで。

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鑑賞してまず目につくのは映像としてのクオリティでしょう。通常の作画もさることながら、特にプリティーシリーズを語る上で欠かせないCGで展開されるプリズムショーは放送終了後1年半分の技術進化がきっちりとフィードバックされており、TVシリーズとしては十分にクオリティの高かった当時から数段上を行くグレードを実現。表情もより豊かになりました。プリリズなくしてプリパラはなかったけれど、プリパラなくしてこの “今” もなかったのだなと感じさせてくれます。

菱田監督と共にプリズムショーを語る上で欠かせない人物・京極さんも、ラブライブ!などの大きな実績を経て再びショー演出として参加、加えて今回男子に的を絞ったことでプリズムショーはよりダイナミックでスクリーン映えするものに。これについて特にわかりやすいのがアレク対カヅキのダンスバトルで、舞台はかつてヒロとカヅキがバトルしたのと同じ場所。2人のうちカヅキが右側に立っているのも同じ。あえて同じだからこそ「凄くなった」感が実感しやすいのは、意図した構成でありましょう。他にもどこかで見た構図がいくつかは散見されますね。


男の子の踊るサマが凄いのはわかった。ではレインボーライブのヒロインたちは?
一応、”女児向けとしての” プリティーリズムは綺麗に完結していることもあり劇場公開までその扱いを秘匿され続けたものの、直前ニコ生で監督が「私が今までキャラを使い捨てて来たことがありましたか?」と問うた通り、概ねTVシリーズの延長線上で順当にやっていることが劇中で判明したのはご覧の通りですね。ジュネに至っては、後編予告ではストーリーのキーになろうとさえしています。声こそ入っていませんが、声を入れない範囲での出し方として見れば十分過ぎるほど。これ以上やろうとすると声を入れなきゃきつい。

これは再登場を望む只のファンサービスでしょうか。いいえ、きっとそれだけではないでしょう。エーデルローズから女子部が切り離された以外さほど状況の変わっていないように見える女子プリズム界、一方で混迷を深める男子プリズム界という対比は「これは男の戦いである」本作の特徴をより浮き彫りにさせる効果をもたらしています。だから敢えて女子の方の状況は大きくいじっていない。この辺りの見せ方は効率的で非常に上手いですね。
この効率的というのは全編を通し感じることの出来る特徴でもあります。時系列的に連なるレインボーライブも無駄な回などまるでない出来でしたが、構成の洗練され具合は映像クオリティ同様、当時を上回ってさえいるかも知れません。この中に笑いも泣きも感動もギュッとつめ込まれ、お世辞抜きに総尺59分とはとても思いがたい密度とテンポ。もしかしたら初見では放出される情報と感情の整理が追いつかないかも。

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over the rainbowの活動休止、コウジの渡米、カヅキのエーデルローズ退学申し出、いよいよ迫り来る法月仁の魔の手。数々の波乱と交錯する人の想いを抱えたまま、しかし物語は終わらないままフィナーレに。いくら効率の良い構成とは言え登場人物数と尺を考えればそりゃそうかなと納得も行くところではあるし、最後でいかにも続きが順調に制作中のような予告が挿入もされているんですが、ここで大変な大問題 『前後編なのに後編の制作が決定していない』 が立ちはだかります。
これについては直前ニコ生にて監督より告知済で、後編が作られるかどうかは興行次第だと言うのです。この「続きの制作未確定」を知っているかどうかで、この映画の印象は大きく変わります。アニメの中で「続きやるかわかんないです」なんて言っていないわけですから。

しかし直接的でこそないものの、実はストーリー展開の一部には本作の置かれている立場は幾らかメタ的に作品内へと滲み出ているようにも見受けられます。これでやっていけるわけないだろうというエーデルローズ運営費用の赤字は本作自体も同様らしく、あの赤字額は桁はともかくとして程度は示しているのかも知れません。また全くのニューフェイス・一条シンの繰り広げるプリズムショーが、その圧倒的なパフォーマンスで会場を不安から一転して魅了するもそれだけで万事解決とはならず前途多難である様子も、どこか映画を観る自分たちの心境とも重なる部分があります。そう言えば本作は男の子の裸が日常およびプリズムショーで度々見受けられますが、ゲーム連動もタイアップ企画もなく映画一本のみで勝負に出るその姿も、ある意味では丸裸の勝負でありましょう。


本来作品というのは作品として語られたもので評価するものであり、そのような外的要素を含めるべきではないかも知れません。そういうのを監督自ら、しかも公開より先にカミングアウトするのも、やり方として正しいとは言い切れません。とは言え作品でメタ要素がストーリーの邪魔をしないよう配慮はきっちりされており、きちんとエンターテインメント作品として成立するようには作られています。
そうとはわかっていても、不死鳥のように復活しながらも不死身でないどころか崖っぷちの状況を、いくらか作品に重ねずにはいられないのです。なにしろ作品に対する熱量と愛情が異常であることが、映像から十分すぎるほどに伝わってくる。全体のうち9割が新作カットという過去のプリティーシリーズ劇場版でもやってないような膨大な作業量と密度の放出に「何でこんな強烈なものが出て来るようなことになったのか」と考える始めると、やはり作品外まで及ばせないと到底納得も説明もつかないと感じたのです。

何より監督以下スタッフ陣が、プリリズとその煌めきのことが大好きだった。
もちろん好きでい続けてくれるファンがいるからこそ作品は成り立ち、そんな好きな人たちのためにスタッフ陣は限界まで熱意を注いだ。でもね、ファンなんてのは往々にして浮気者で裏切り者で薄情なんですよ。すぐどこかに行きかねないほど不確かなもの。それでも、暗がりの中に見える細いながらも強い光をまっすぐ見つめ、彼らになら確実に届くであろうものを届けようとした。もうね、これ自体がプリズムの煌めきなんですよ。
そうして出来た作品が凄い熱量なのはある意味で「なるべくしてなった結果」で、面白くないわけがないのです。

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プリズムジャンプは心の飛躍、プリズムショーは心の煌めき。
オーロラドリーム・ディアマイフューチャー・レインボーライブのどこかで煌めきに触れたなら、本作の輝きもきっと理解出来るものでありましょう。それだけのものが詰まっています。プリリズ未視聴者にはついていけないか? そんなことも全くありません。初見では多少訳がわからないことこそ否定はしませんが、主人公たる一条シンだってプリズムショーを今まで知らなかったし視点は同じ。全体的に「何か凄いことをやっている」のは伝わるでしょう。
思い起こせば、菱田監督が去年手掛けた映画「み〜んなあつまれ!プリズムツアーズ」でも、プリパラしか知らなかったところへ訳も分からぬままプリリズに触れ、そこから過去作を追いかけ始めた人を幾人も見ました。本作も導入としては多少似た構成を採っており、ここから始まるプリズムワールドも決してイレギュラーな入口というわけではありません。


かつてレインボーライブ50話で、彩瀬なるは奇跡を起こしました。
世界からプリズムの煌めきが失われ、プリズムショーシステムが停止し演技がまともに出来る状況でなくなっても、煌めきはすぐそばにあると信じて諦めず演技を続けた。結果プリズムライブは再発動し、世界はプリズムの煌めきを取り戻します。今度は自分たちがそれをする番なのかも知れませんね。
ただし言うほど簡単でもなく、未来の行く末はプリズムショーシステム停止の頃より更に困難なことでしょう。それでも信じたい未来があります。

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ここにあるは、映像を超えた煌めきの世界。
今なお色褪せぬ、凄いシリーズをかつて作り上げた人たちがいる。
そして役割を終えても未だ諦めず、熱意を持ち続ける人たちがいる。
そんな作品が2016年の今にあることを、少しでも多くの人に知ってもらえたなら。

プリズムショーの世界へようこそ。
門戸はいつだって、開かれているのです。