何事もなかったかのように

2月 20th, 2013 No Comments »

■STEINS;GATE 円環連鎖のウロボロス(1)/海羽 超史郎
http://www.kadokawa.co.jp/lnovel/bk_detail.php?pcd=200912000665
■STEINS;GATE 円環連鎖のウロボロス(2)/海羽 超史郎
http://www.kadokawa.co.jp/lnovel/bk_detail.php?pcd=201005000574

原作ゲームを未プレイという前提で話を進めます。
アニメはリアルタイムで全話観ました。しかし序盤の印象は酷いもので、あれだけ高い評価がなければ最初の数話で視聴を切ろうかと思ったほど。理由はふたつ。

▼無駄話が文字通りの無駄になっている
ラボメン中心メンバーに問題があり過ぎです。厨二病の度が行き過ぎているオカリン、ねらー語やネットスラングで揚げ足を取り話を脱線させまくるダル、空気読めないし話を聞いているかも怪しいまゆり、必要以上に細かい事にムキになる紅莉栖。こいつらだけでは自主的に話が進みやしない。
それを、プロの声優さんが真面目に演技しているのです。するとどうなるかってーと、どうでもいい会話が演技という掛け算されたせいで会話が一定の威力を持ってしまい、どうでもよくなくなってしまうんですよ。時間の無駄だと指摘している時間が本当に無駄。それを規定時間見聞きされる事になる受け手。こんな苦痛な話はない。

まゆりが死に続ける展開になってからはオカリンに余裕がなくなり厨二病も引っ込む事から話の脱線が減って面白くなりますが、この導入部分の印象の悪さは最後まで引きずっていた気がします。

▼キャラが無駄に多い
この話にルカ子とフェイリスは本当に必要でなければいけなかったんでしょうか。
軽はずみな過去改変の尻拭いと苦悩は、この2人がいなければ成立しないというものではない。紅莉栖のオカリンに対する想いも、この2人のエピソード内でないと積み上げられないものではない。居たら足しになる程度。
後半になるほど出番もなく、そのキャラがそこに居なければいけない必然性が最後までわかりませんでした。要らないとか言うとキャラ萌えする向きには申し訳ないんですが。

なんか神ゲー言われてた割には、そこからリファインされたにしては贅肉が多いなあ…というのがアニメ版の感想だったんですね。

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では小説版はどうであったのかというと、無駄な会話が気にならない自分がそこに居た。
あんだけイライラしていたのにこれは一体どうしたことかと読み進めている内に気が付いたのは、活字のみだと物語の進行速度を掌握するのが完全にこちら側になるので、”どうでもいい話は読み流している” んですね。音声や映像が乗ってしまうと、セリフが終わるまで待たなければいけなかったりして、進行の管理が読み手を離れてしまう。この差がとても大きい。

ルカ子とフェイリスの件については、Dメールによる改変結果自体が改変されています。ルカ子の性別反転は明確な原因を持たないランダムなものとなり、フェイリスの父は生き返らない。一応原作のノベライズという触れ込みなのでキャラとしては残してあるものの、殆ど出番は最小限ですね。その分を他のキャラでのオリジナル展開に回し、全体がスマートになった感じ。

片方は物語自体の改変、もう片方は同じであっても感じ方の違い。この2点によりアニメ版で感じていた不満はほぼ払拭され、ようやくシュタゲを素直に楽しむ事が出来ました。
音声や映像を持たないメディアだからこそ出来る融通と、音声や映像がもたらす掛け算の意味を、改めて知らされた一作。そういう意味で読んで良かった本だったと思います。

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機器の高性能化に従い、喋るゲームが世に増えました。しかしそれは、物語の進行速度の担い手が “あちら側” へと移った変化でもあります。
ウチ的には進行速度の掌握がどちらにあるのかというのは以前から気にしている点ですが、どうやらあまり気にならない人も結構いる様子。これは考え方が古いか新しいかというより、スタンスがどこなのかという問題なのかも知れません。
多分ウチは活字寄りの人なんでしょう。その割には読むもの選り好みするし読んでる総量も足りないんですけどね。

いつかは自信を持って「本読みです」と言えるくらいにはなりたいものです。